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	<title>SEPTBLEUS &#187; MEMORY</title>
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	<description>SEPTBLEUS オリジナリティーあふれる帽子を提案</description>
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		<title>バレーに関するあれこれ</title>
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		<pubDate>Tue, 21 Sep 2010 10:44:33 +0000</pubDate>
		<dc:creator>SEPTBLEUS</dc:creator>
				<category><![CDATA[MEMORY]]></category>

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		<description><![CDATA[先日、「バレエ・リュス 踊る歓び、生きる歓び」というドキュメンタリーを見ていて、バレーに関するエピソードを書いておきたくなりました。 小学生のころ、あのかわいいチュチュ（イメージだと薄いピンクとか白のもの）を着て踊ってい [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>先日、「バレエ・リュス 踊る歓び、生きる歓び」というドキュメンタリーを見ていて、バレーに関するエピソードを書いておきたくなりました。</p>
<p>小学生のころ、あのかわいいチュチュ（イメージだと薄いピンクとか白のもの）を着て踊っているイメージに夢を膨らませて、近所のバレー教室に、お友達と母も一緒に見学に行ったことがあります。</p>
<p>練習の時にチュチュを着ていないのは、仕方がないとして、私が観に行ったバレー教室は、みんな肌色のレオタードを着て、練習をしていました。私はそれがとてもショックで、一瞬にして夢が壊れて、私も友人も全然バレーが習いたくなくなってしまったのを覚えています。</p>
<p>そんな風にあっけなく、バレーを習うことをあきらめてしまったのは、今思うと、とても残念ですが、子供心には充分の理由だったのでしょうね。</p>
<p><a href="http://www.septbleus.com/wp/wp-content/uploads/2013/06/IMG_4030.jpg"><img class="alignnone size-full wp-image-311 colorbox-310" alt="IMG_4030" src="http://www.septbleus.com/wp/wp-content/uploads/2013/06/IMG_4030.jpg" width="314" height="235" /></a></p>
<p><span id="more-310"></span></p>
<p>プラハに旅に行った時に夜、市庁舎の前の劇場で、観光客向けの演目というのを承知で、「白鳥の湖」を観ました。</p>
<p>お客さんはあきらかに観光客のみ。劇場はこじんまりしていて、舞台も狭く、確か総勢12名ぐらいでの白鳥の湖でした。女性はとてもきれいで上手だったのですが、相手役の白鳥の男性の背が低く、ステップなどは上手いけど、なんだか面白いバランス。黒鳥役の男性は背が高くて見栄えはするのだけど、ジャンプが低かったりと、ちょっと残念な感じ。そして、極めつけが拍手入りのカセットテープの音楽。誰も、拍手をしていないところで、テープの音がむなしく、パチパチパチパチとなるので、最初、みんな顔を合わせて、何これ？っと苦笑。それに加えて、そのテープはだいぶくたびれていて雑音入りでした。それでも延々に続く拍手にそのうち慣れてきて、もうおかしくなってしまいました。演目はクラシックバレーだけど、コメディーのような雰囲気。</p>
<p>クライマックス付近で、2度ぐらいテープが途切れて、音楽が流れていないのに、ダンサーの人たちは慣れているのか、なにごともなく踊り続けていて、変に感心してしまいました。後ろのフランス人の2人組が「ここにいるのはみんな観光客だぜ。ほんとうに、ひどいなこれ」などとつぶやいていたり。みんな文句をいいながらもお客さんは帰ることなく最後まで見ていたから、違う意味でそれなりに楽しめたのかもしれません。</p>
<p>終わった時の、あきれたようなお客さんたちの顔。こういう公演で、踊らないといけないダンサーも大変だなあと思いつつ、ある意味ものすごくインパクトのある公演でした。</p>
<p>バレー・リュスのドキュメンタリーは、その映像当時、89歳とか80歳代の元、ダンサーたちが、昔のことをいろいろ語っていくのですが、89歳になっても、バレーを教えていたり、自分も体を動かしていたり何か、バレーに関わる仕事を意欲的にしている方が多くて、驚きました。<br />
私も、ずっと帽子とつながりを持ちながら、素敵に年を重ねていけるといいなあと。</p>
<p>その当時、前衛的だった演目を、アメリカの地方巡業で、バレーを初めて観る人たちの前で演じたエピソードも面白く。こないだ観た「シャネルとストラヴィンスキー」の映画の中で、初めてパリで、バレー・リュスが「春の祭典」を演じた時を、再現したシーンがあったのですが、クラシックバレーばかり見てきた人たちに、どのぐらいの衝撃があったのか、映画の中ですが、雰囲気を感じることができて興味深かったです。</p>
<p>文章とはあまり関連がありませんが、写真は、2004年の大晦日に、パリのオペラバスティーユで「眠れる森の美女」を観た時のフィナーレのあいさつの時のもの。正統のクラシックバレーもいいなあと、改めて思った夜でした。</p>
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		<title>平田暁夫先生の帽子教室のこと</title>
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		<pubDate>Wed, 09 Jun 2010 11:00:32 +0000</pubDate>
		<dc:creator>SEPTBLEUS</dc:creator>
				<category><![CDATA[MEMORY]]></category>

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		<description><![CDATA[帽子の習う前に、洋服を作る学校に通っていました。学生時代に友人と、インスタレーションをしたことがあるのですが、その時に作ったものは見かけは帽子だけど、出来上がってみたらかぶることができない代物でした。帽子をどうやって作っ [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>帽子の習う前に、洋服を作る学校に通っていました。学生時代に友人と、インスタレーションをしたことがあるのですが、その時に作ったものは見かけは帽子だけど、出来上がってみたらかぶることができない代物でした。帽子をどうやって作ったらいいのか本当に知らなかったのです。</p>
<p>当時は、あるコスチュームアーティストの方の作品にとても影響を受けていて、漠然と、自分もそのようなものづくりがしたいと考えていました。時々、お手伝いをさせていただいていたのですが、アトリエで働いている人の中に、どんな帽子でも作ってしまう人がいて、どうやったら、あんな帽子を作ることができるんだろう、私も技術を学びたいなあと、今思えば、単純ですが、帽子教室に通いだしたのです。何か技術をきちんと身につけなければ、仕事にするのは難しいなあという焦りもありました。</p>
<p><span id="more-331"></span></p>
<p>平田暁夫先生の帽子教室は、今まで行ったどの学校とも違っていて、決められたものを作るのではなく、今できる技術で好きなものを好きなだけ作れるという、素晴らしい学校でした。今まで行った学校の中で一番好きだったかも。</p>
<p>地球儀の帽子やら、アイロンの帽子、しずく型の帽子に月の満ち欠けの帽子、カフェオレカップの帽子など、変わったものばかり作っていたものです。でも、作りたいフォルムを形にできることが嬉しく製作していた気がします。今考えるとあの頃は、純粋に楽しかったなあ。</p>
<p>まずは、素材の扱い方とか、型出しの方法とか、基本的な作り方をそれぞれ教わって、その中で、どうやって作っていったらいいのか、助手の先生に相談しながら、それぞれ製作していくという工程だった気がします。</p>
<p>年に2，3回、平田先生と奥様が、生徒たちが作った帽子とデザイン画を見ながら、批評をしてくださる日があり、ドキドキしながら臨んだものです。</p>
<p>なんでもそうだと思いますが、帽子のデザインというのもその人の個性がでて、すごく面白いものです。お互いに刺激し合いながら、ワイワイと2年間、とても楽しい学校生活でした。趣味が高じて帽子を習いに来ているマダムたちもたくさんいらっしゃって、年上の方たちと仲良く一緒に過ごした時間は、いい人生勉強にもなりました。<br />
2000年に、帽子教室がクローズしてしまったのは、とても残念。</p>
<p>よく、帽子教室は開かないのですか？と聞かれることがあるのですが、私は、感覚的にものを作るタイプなので、あまり、先生には向いていないと思うのです。ワークショップみたいなことは、又機会があればやってみたいなあとは思っています。</p>
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